【特集|周防大島】演歌をうたえるミュージアム♪誰もが思わず熱唱したくなる『星野哲郎記念館』のココがすごい!!【PR】

水前寺清子『三百六十五歩のマーチ』、都はるみ『アンコ椿は恋の花』、渥美清『男はつらいよ』、北島三郎『なみだ船』、鳥羽一郎『兄弟船』、美空ひばり『みだれ髪』……

数え上げたらきりがないほど数々の名曲を生みだした作詞家・星野哲郎。手掛けた詞はじつに4000 曲以上!名前を知らずとも、曲を聞けばあれもこれも星野作品という、昭和・平成の歌謡界において欠かせない大御所です。

そんな星野ワールドにどっぷり浸れるミュージアムが、星野の故郷・周防大島にあります。
こちら『星野哲郎記念館』です。

入り口では星野哲郎本人がお出迎え!等身大のパネルが設置されています。
そして今回、ナビゲーターを務めていただくのは元船乗りで大の演歌好き♪三原伊文(大島商船高等専門学校名誉教授)さんです。

この写真はいったい何なのか、その真意はのちほどご紹介しますね。
まず向かったのは、エントランス近くの『星野劇場』。

なかに入ると、270度に広がる15mのパノラマ大画面。ちょうど三原さんが大好きな『昔の名前で出ています』が上映中。お客さんがいないことを確かめて、曲に合わせて口ずさみはじめる三原さん。続けて『みだれ髪』……星野作品の世界に一気に引きずり込まれます。

『タタミ舞台』を抜け、『星野博品展』を眺め、やってきたのは居酒屋…

ではなく、星野哲郎が通ったという東京・新宿の屋台『さくらい』を復元した『星野工房』です。コースター等に詞をしたためていたエピソードなどを、屋台を囲むパネルが教えてくれます。

ほろ酔い気分で外に出ると、星野えん歌の代表作16点がずらっと並ぶ『二行詞のこころ』。文字はすべて本人の直筆です。

窓沿いに置かれた『えん歌ボックス』の目の前は海!穏やかな瀬戸内海を眺めながら、ゆっくり歌の心を楽しむことができます。船乗りだった三原さんの選曲はやはり海にまつわる歌。しみじみ海を見つめていると思いきや…

目をつぶっていました!
歌は「心で聞き、腰で歌う」そうです。ん〜、うまいこと言うな〜!

気持ち良さそうに歌いはじめた三原さんを引きずって、満を持して向かったのは『星野歌酒場』です。
ここまでの演出で三原さんのボルテージは高まっています。展示の構成がじつに見事!
それでは思う存分、歌っていただきましょう♪

三原伊文さんで『昔の名前で出ています』。

今までぐっと我慢していた三原節がさく裂します。うまい!
腰で歌うことで高音がどこまでも伸びていきます。立て続けに2曲、今度は海の歌です。

冒頭でご紹介したこちらの写真。じつは空き瓶で船のボ〜〜という霧笛(むてき)を再現しているときのもの。効果的なタイミングと絶妙なさじ加減で船乗りの哀愁を表現します。

とっても楽しそうです。
すっかり満足した三原さんとともに、最後の展示コーナー『星野映像館』へ。ゆったりとしたソファに腰掛け、星野哲郎のドキュメンタリー映像を鑑賞…

船乗りの夢を叶えた三原さん。そして壁の大きなパネルには、病で船乗りの夢を断たれ作詞家になった星野哲郎(写真:荒牧万佐行)が座ります。横から見ていると、二人で楽しく会話をしているように見えます。三原さんは言います。

「星野先生の詞には、海とそこに暮らす人がよく描かれる。『女の港』という歌は、それはもう船乗りにはたまらん歌での。大きな船に乗ると2〜3カ月は帰って来ん。女が『ようやく会える』と出迎えにいくが、船は女の待つ港につかんわけじゃ。そんなことはしょっちゅうじゃった。その細かい機微を歌にしとる。この気持ちは船乗り夫婦にしかわからん。先生の歌はそんな愛に溢れとる。ええ、これからも盛大に歌い継いでいきます!」

星野哲郎は生前、自らの手による演歌を『塩歌』とも書いていたそうです。
う〜、むしょうに歌いたくなってきました!


「みつけた、周防大島。」
●星野哲郎記念館
周防大島出身の日本を代表する作詞家・星野哲郎の記念館。「星野映像館」「星野劇場」「星野歌酒場」「星野工房」「星野博品展(収蔵庫)」の5つのゾーンで星野ワールドをたっぷり体感いただけます。
所在地/山口県大島郡周防大島町大字平野 417-11
入館料/高校生以上510円 小・中学生300円 ※団体割引有
開館時間/9:00〜17:00(最終受付 16:30)
休館日/水曜日(祝日の場合は翌日休館)
TEL/0820-78-0365
http://www.hoshino-museum.jp/

瀬戸内Finderフォトライター 藤本雅史

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藤本 雅史

藤本 雅史

藤本 雅史/フォトライター 東京の広告会社と編集プロダクションを経て、3.11をきっかけにルーツである山口県に移住。 はじめは地域おこしと意気込むも、人口約100人の島のばあちゃんから聞いた「無人島になっても、それが自然なことならええ。またいつか人が住みつくときが来ようね」の一言に感銘を受け、肩の力が抜ける。 以来、雑誌や広告の企画・編集・執筆と少しの農業を生業としながら、大きなスケールの小さな声を求めて瀬戸内をあるく日々を過ごす。

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