全国の現存天守12城のうち唯一の山城へ、いざ!/備中松山城(岡山県高梁市)

秋から春にかけては雲海が!天空の城『備中松山城』を目指して!

JR備中高梁(びっちゅうたかはし)駅から北方向に見える『臥牛山(がぎゅうざん)』。

この頂上付近に小さく見えるのが『備中松山城』です。江戸時代以前に建てられた天守が残る貴重な12城の内のひとつ。
秋から春の早朝には雲海に浮かび、『天空の城』として幻想的な姿を見せることも!

8合目のふいご駐車場までは車かシャトルバスで登ることができます。そこから「約20分で天守に到着」との記載があります。
700メートルなんて余裕でしょ!

「天守はどこかな、まだかなー」とウキウキ小走りで山道を進んでいると、
「慌てずゆっくり進むべし 城主」の古びた立て看板が。

叱られました。

階段状に舗装されているところもあれば、滑りやすい岩肌もあるので、たとえデートでもトレッキング向きの靴を用意した方が良さそう。
先の見えない山道ですが、100メートルごとに標識があって、着実に天守に近づいていることが分かるのは嬉しいですね。

眼下には、城下町が広がっています。殿様気分に浸りながら一休み。

NHKドラマ「真田丸」のオープニングにも登場した『備中松山城』

つぎに目に飛び込んできたのは、城内一の大きさを誇った大手門の跡。風化を免れた両脚の石垣と礎石から、スケールの大きさが感じられます。

この土塀の一部は江戸時代から残るもの、写真手前はそれに倣って復元されたもので、天守、二重櫓(やぐら)と並んで国の重要文化財に指定されています。
山岳の地形を巧みに生かした備中松山城では、なかなか天守が見えません。石垣の奥にまた石垣。段々に続く石垣に圧倒されながら先を急ぐとようやく…

あった!見えた!
広々とした二の丸から、復元された櫓、本丸南御門の後方に現存天守が姿を現しました。ここで入城券を買って本丸へ。

1681年から1683年にかけて藩主・水谷勝宗がおこなった大修築以来、荒れ放題の明治・大正時代を乗り越えて現存する天守です。
天守内部の構造が素晴らしいのはもちろん、展示資料や登城記念のスタンプも充実しています。
そもそも備中松山城の起源は、鎌倉時代の1240年、今ある城から更に北の峰に地頭・秋庭重信が築いた砦にさかのぼります。

鎌倉から戦国時代には戦を念頭に置いた難攻不落の城郭であり、江戸時代には城主が頻繁に変わるなか、備中松山のシンボルであり続けました。
正方形の小窓は、敵兵攻撃のための鉄砲狭間(ざま)と呼ばれます。敵の攻撃を防ぐため、外向きに開いた穴はなるべく小さくなければなりません。

反対に、内側からはできる限り広い視野を確保して敵を狙いやすくする設計になっています。
天守内の狭間から外を覗いてみると、現存する二重櫓が鮮やかに見えました。

備中の小京都とも言われる高梁の絶対的ナンバーワンの名所。岡山観光の際は、天気の良い日を狙って足を運んでみてください。


備中松山城
所在地/岡山県高梁市内山下1
開城時間/
【4月~9月】9:00~17:30
【10月~3月】9:00~16:30
休城日/12月29日~1月3日
電話/0866-22-1487
料金/大人300円、小中学生150円(団体割引あり)
http://www.city.takahashi.okayama.jp/soshiki/9/shiro4240131.html

瀬戸内Finderフォトライター 堀まどか

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堀 まどか

堀 まどか

堀 まどか/フォトライター 兵庫県生まれ、在住。実務翻訳、外国人起業家支援、通訳案内士(英語)、そしてフォトライター。 ネットマーケティングの外資系スタートアップで進行管理や顧客サポートを担当。 2011年から、フジサンケイビジネスアイ掲載の週刊コラム『ITビジネス最前線』を英日翻訳しています。 日常の風景や旅先で出会った人の表情など、心に触れるものを写真におさめています。瀬戸内のスポット、暮らしぶり、季節感、食を私目線で切り取ります。 写真ブログ http://riderv328.tumblr.com ツイッター https://twitter.com/Riderv328

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